Kazunoriの思考と日記

28歳男・IT企業事業企画/推進・一児のパパ・タイ人の妻・埼玉在住の人がまじで徒然なるままに書いているブログ

後輩を持つこと=先輩となること=覚悟を決めること

お疲れ様です。

今日は木曜日の夜なので、あと1日乗り越えれば週末です!!いえい!

桜も完全に散り、木は青々と生い茂り、ジャケットは暑苦しく、もうすっかり春も深まりましたね。そのまま梅雨、そして夏へと特急列車のように通過していくのでしょうなぁ。。早い

人間は、自分の経験を分母にして、新たな体験を割り算するらしいです。

つまり、経験が深まれば深まるほど、広がれば広がるほど、分母は大きくなるので、体験から得られるものが少なくなるとのこと。年をとると時間が早く過ぎるように感じるのも同じロジックで説明できるのだとか。大学生のときにバイト先の同僚から聞いた話ですが。

このロジックが正しければ、時の流れを遅くする方法は一つだけです。どんどん新しい体験や価値観を取り入れて、分子を大きくしていくことだけです。

どんな年になっても、新しい経験、体験は人生をきっと豊かにするんですね。Life is Experience!  Life is Good!!

表題の件ですが、今日感じたことです。


後輩を持つこと=先輩となること=覚悟を決めること


今日は、4月2日に入社した1年目の方たちに、僕のお客様に対する営業戦略、すなわちアカウントプランを共有する時間がありました。

フレッシュな皆さんと会えるのを楽しみにしつつ、結構緊張してました。笑

昨晩急いで作成した今期のアカウントプランを共有し、僕なりにアカプラに関して感じること、その他グループでの活動の中で思っていることなど、誠に僭越ながら共有させていただいた訳です。

そして、目を輝かせた1年目の皆さんから鋭い質問が出ること出ること。
必死になりながら答えておりました。笑

質問に対し僕なりに答えながら、何となく実感したのです。「あ、また僕の下の子たち、つまり後輩ができたんだな、と。オレまた先輩になったな、と。」


「先輩」


という言葉は、ただの言葉ではないと思います。色々な立場により、その解釈が変わりますが、後輩の立場からすると、「先輩」と名の持つ方は、ただ年や年次を食っているというだけでなく、後輩が頼れる、参考にできる人であるべきなのかなぁと。

もしかしたら、本当にもしかしたらですけど、僕がアカウントプランを共有しているときに、自分の姿とその2年後を照らし合わせて見てくれていた1年目の方もいたかもしれません。資料や考え方に関して、参考にしようとしてくれた人がいるかもしれません。

ただ、そんな後輩から見る「先輩」と、先輩の自分自身に対する評価って、初めは必ずしも一致していないと思うんです。

少なくとも僕は、本当に自分が「先輩」と呼ばれていいかは、正直分からない。僕が「先輩」と呼ばれる前に学ぶべきこと、頑張るべきことはまだまだたくさんあると考えてます。

その、後輩から「先輩」への評価  > 先輩の自己評価 の状態を、必死にイーブンに持っていくため、先輩は「先輩」になるために努力をする覚悟を決めるのだと思います。

「先輩」になるのは、覚悟を決めることと同義です。

今日、アカウントプランを共有してて、二年下の後輩と触れ合うことで、僕はさらに頑張らないと、皆に参考にしてもらえる人にならないとって思いました。

昨年はじめて後輩ができたときも、本当は嫌で嫌で。。。

仕事に対して覚悟を決める気になれなくて。。。ずっとふにゃふにゃしてたいなぁって超ヘタレな考え方をしてましたが、後輩がいざグループに配属されると、ふにゃふにゃなんてしてられない。必死に出来る先輩に見られるよう、スイッチ入りましたもん。。。

結果、その経験は本当に自分のためになったと考えております。

本日、またそのやる気スイッチを入れてくれた後輩に感謝。

新しい人が会社に入ってくれることは、本当に色々な人にとって素晴らしいことなんだなぁって、大変ありがたい気持ちになりました。

僕も心は常にフレッシュであり、常に謙虚に学ぶ姿勢、スポンジのような吸収力は維持していきたい。そんなこと考えた今日でした。

 

八幡